昨日のほめけん

 昨日(4月11日)のほめけん」では、「日本はいい国か?」からはじまって、日本の教育に議論が移り、さらに発展。
 普段は、おとなしく聞いておられるだけの女性陣も、白熱して、口角泡を飛ばして、「家庭教育がなってない!からだとか、さらに、日本経済をおかしくしているのは、過度のグローバリゼーション=かくなる上は、江戸時代にもどって、鎖国が適当であるとか。
 いやいや、なかなか、面白かったです。
 国会で、毎日、不毛な議論をやっているより、安倍君を始め、文部大臣、財務、経済担当の大臣諸氏は、一度、ほめけん」の議論を傍聴(拝聴)しに来られたらどうかな?=オリジナリティー溢れる意見がイッパイで参考になると思うよ!

 「キリスト教は邪教です!」の記事に関連して。
 キリスト、イスラムの、この2大、排他的一神教は、1000年以上も抗争を繰り返している。
 イスラム原理主義に感化された若者が、テロを起こし、それに対して、報復の空爆とかの応酬を繰り返している淵源は、やはりこの2大宗教の果てしない対立である。
 地球がオカシクなろうとしてる時、キリスト教、イスラム教の指導者は、何を考えてるんだろう?=即刻、和解の手順に入るべし=和解によって、この問題のすべてが解決されないかも知れないが、問題の深刻さは随分と緩和される。
 せっかく、お金をかけて、日本で伊勢志摩サミットを開催するんだから、ついでに、ローマ法王と、イスラム教の最高指導者(カリフって云うのかな?)に声をかけて、招待して、伊勢神宮の神主さんに仲介してもらって、世紀の仲直りをさせるプランはどうでしょう。 

昨日のほめけん」への2件のフィードバック

  1. 権兵衛

    サーテな?
    ISの動きはイスラムの名と教義の表面的な理解に基づき、その排他性を利用した
    現状打破へのあがきと見ます。
    宗教上の妥協がなったとしても、ISの動きは形を変えるかもしれないが、
    現状では消えないような気がします。
    世界中に蔓延する、人々が生きることの深い意味をはっきり持てない「もやもやした
    状況」を感じませんか?

    アメリカで起こってる政治ショー、どうも不安定性を起こしかねない人への人々
    の傾斜が見られます。
    多くの米国人のどこへ持って言っていいのかわからないような、持って行きようがない
    憤懣を感じます。もっと、冷静に世界の姿を見てくれよといいたいが。
    米国社会の中枢が、ごく少数の人間によって好きなように手繰られてるといった
    構図があるのでしょうね。

    翻って、日本の社会はどうでしょうか?そのうちに何かが起こらなければオカシイ
    と私は感じています。日本人はおとなしいから反応は鈍いかもしれませんが。

    返信
  2. 権兵衛

    イジメも話題になりましたね。
    日本人は一般に、多くの人と違うものを持った人の存在が気になります。人と違うことを嫌います。
    許容範囲があるのでしょうが、それから外れるとどうも受け入れにくいのでしょう。
    「出る釘は打たれる」はまさにそのことをあらわした言葉だと思います。
    「村八分」もその表れのように思います。
    イジメは決して子どもだけの世界の話ではないと思います。ただ、子どもは外れていることへの忌避の
    気持ちの表し方がわからずに激しくなってるのだと思います。
    我々が小さい時だっていじめがありました。ただ今のように陰湿だったり、信じられないようなことをしたり、
    はなかった。

    一方で、外れ方が突出しいると、これにはひれ伏してしまう傾向もありますね。昔からの「貴種」への憧憬
    と従属なんてのはその例でしょう。今でも何であれほどまでに持ち上げるのかわからないのが、ノーベル
    賞受賞者。すばらしい業績の方たちですが、それじゃノーベル賞以外の賞の受賞者たちはどうなんでしょう。
    ちょっと、ニュアンスが違いますが、「よらば大樹の陰」なんて言葉を思い出してしまいます。

    ちょっとイメージの悪いことばかり書きましたが。東日本大震災のときだけでなく、今回の九州の大災害にも
    示される、日本人のすばらしい連帯。誰一人突出した不平も言わず、耐え忍び戦う。
    この日本人の強さには、世界中の人が圧倒されているのではないでしょうか。
    私は、日本人のこのすばらしい傾向も実は上記と同根だと感じています。
    つまり、多くの人が同じ苦しみを共有し、ともに戦う。それを見て、遠隔の人も同じように連帯しようとする。
    日本人の特質が良い方向に現れているのだと思います。

    この特質は、優れた個性を生みにくいかもしれませんが、決して否定されるべきものでもないのではないか
    と思います。
    子どもたちが度外れたイジメをしないような教育が重要に思います。更には大人の行動に強く依存するの
    だと、大人は自覚するべきでしょう。子どもたちは大人を見ています。
    子ども社会に現れる現象は、大人社会の鏡を見ていると思うべきです。

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